ちょっとそこまで、お茶でもしにいく感覚で
「小学校受験してみない?」との夫の誘いに、
当時、イケイケの教育ママだった私は
「まじ!?」
戸惑いながらも、
やる気は十分。
小学校受験が実際、どんなものであるのかも
はっきりわからないままに、
動き出してしまった。
後になって知ったのだけど、
小学校受験、
一説には、その学年で最も成長するのが早い
4月生まれが有利。
大人になれば、全くなくなるこの数か月の差が、
この6歳7歳の子ども達にとっては、かなり大きなものとなるかららしい。
それを見越して、4月に生まれるようにバースコントロールをするファミリーもたっくさんいる。
つまり、生まれる前から小学校受験が確定していて、
そのための準備をしているお子さんと幼稚園年中になって
「やってみる?」
とそこから準備し始める我が家にはそれはそれは大きな溝があったわけで。
その溝を埋めるために
そこから約1年半の般若のお面を被った
私と長男との闘いが始まるのをこの時のお茶に誘われた感満載の私は知らない。
同時に、
地獄の1丁目の入り口だったんだな。
これが。
いやはや。正直にいって
この小学校受験が不登校の直接的な原因でるとは限らないし、
そうでないこともある。
そう
不登校の原因なんて、どこの誰にも分らないもの。
更にいうと、
その原因を突き詰めたところで何になる?
そりゃ
間違いを繰り返さない
というのは大前提としてある。
それ以上に何かあるかな
多分、ないね。
だとすると、原因は何かと探るより、
これからどうする?って考えた方が生産的。
現に、小学校受験はきつく、きつく、更にきついものだったけど、
受験したことに関しては後悔していない自分がいる。
受験した当時から何年も経過して、
あまり詳しくは覚えていないのが実情ではあるけど、
息子とふたりで駆け抜けた受験準備の日々は、
確かにきつかった。
きつかったがそれ以上に
かけがえない日々だったと言えるからね。
あんなに丁寧に1日を過ごし、
季節を愛で、
絵を描き、歌を歌い、
人前で話す練習をした。
当時は余裕がなくて、
にしか
スポットライトを当てていなかったけど、
もしも、合格していなかったとしても、
あの時丁寧に過ごした日々は消えないから。
ま。
合格したから言えることもあるのは重々承知の上で。
もしも、あの時合格していなかったら、
いなかったで、
今度は中学受験に邁進していた可能性は全くもって否定できない。
それはそれで、
受験が原因で・・・
となりうる案件だ。
だからってわけではないけど、
不登校の原因なんてわからない。
し、もはやわからなくてもよい。
そう思わないとやってらんね。
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